2月11日にお茶会をしました。
入居者のご家族様がお茶の先生をされていて、ご厚意でお茶会をしてくださいました。
机から、茶碗、お花…と、本格的に用意してくださったので、2階のフロアはいつもとは違って凛とした空気感が漂っていました。
ゆっくりと茶道を味わっていただくために、少人数ずつで参加していただきました。
いつもの写真とは何か表情が違うと思いませんか。
日本の美。静寂の美がありますね。
施設長も参加されました。
知ったかぶりをしようと思って調べてみました。
茶道の世界はよく「詫び寂び」と言われるそうです。
虚飾を全て捨て去った後に残る本来のシンプルさ。ありのままの心。諸行無常ゆえに今に感謝する心。
「あるがままの中にある美」簡単に言えばそれが侘び寂びだそうです。
「花は盛りに月は隈なきを見るものかは」『徒然草』
「花は満開の状態、月は満月だけが本当に良いのだろうか、いや決してそうではない」と言う意味です。
「花は満開の状態、月は満月だけが本当に良いのだろうか、いや決してそうではない」と言う意味です。
また、千利休の茶の神髄としてよく引用されるそうなのですが、
「花をのみ待つらむ人に山里の雪間の草の春をみせばや」藤原家隆
(春といえば、花の咲くことばかりを待っているような人には、山里の溶けた雪間から顔をのぞかせている若草にある春の風情をみせたいものだ)
花は春にその美しさを開かせますが、冬の間も、また、花が咲く前のつぼみも花の別の姿です。不完全の中に完全を見るということでしょうか…深い
そして、茶道の世界といえば「一期一会」がよく説かれるのだそうですが、それは詫び寂びの精神からくることなんでしょうね。
かけがえのない「今」に感謝することを味わっていくのが茶道なのかなぁと感じました。
かけがえのない「今」に感謝することを味わっていくのが茶道なのかなぁと感じました。
日本の茶の道、いいですね~(^O^)