金庫

これは聞いた話です。
妻に先立たれたある男性には三人の息子がいました。
しかし彼はとても頑固な性格で、三人の息子はそれぞれ家庭を持っていましたが、
父親とは同居しませんでした。やがて一人で生活するのが難しくなった彼は老人ホームに入りました。
しかし三人の息子は誰もホームを訪ねることはありませんでした。
その後その男性は老人ホームから病院に移されて亡くなってしまいました。
葬儀を済ませた三人息子は関心が遺産の相続に移ります。
親の土地や家屋は売却して、貯金等も公平に分けるということになりました。

ところがお父さんの通帳にはあまり金額が残っていませんでした。
しかしお父さんはなくなるまで身近にずっとちいさな金庫を持っていました。
老人ホームからその金庫が三人の息子に届けられました。
お金や貴重なものはこの中にあるだろうということで三人はまず安堵いたしました。
しかしその金庫のカギは見つからないようで、誰も金庫を開けることができません。
そこでプロの鍵屋さんを呼んで、三人息子の前で開けるということになりました。
誰か抜け駆けしてはいけないので、とにかく三人息子の目の前で初めてその金庫を開けるということにしたのです。

いよいよ金庫を開ける日がやってまいりました。
三人とも妻を連れて座り、目の前でプロの鍵屋さんによって金庫が開けられました。
しかし開けてみるとそこには返金らしき物や金や株券や通帳はありませんでした。
三人はがっかりしてとにかく中にあるものを一つ一つ取り出してみました。

最初に出てきた紙は何とテストの答案用紙でした。三男がそれを見て言いました。
「これは僕が小学校の時初めて取った白点満点のテストだ。」
次に出てきたのが賞状でした。次男が叫びました。
「これは僕が中学校の時、陸上で一位を獲った時の賞状だ。」

そして次に出てきたのがネクタイでした。長男が言います。
「これはおれが就職して初めてもらった給料でおやじにプレゼントしたネクタイだ。」
いつの間にか三人の息子は涙を流していました。
出てくるものは幼い三人息子と妻とともに映った写真や、お父さんを描いた絵など、
家族の大切な思い出のものばかりでした。

お父さんが死ぬまで大切に金庫に保管していたのは、お金ではなく子供たちのうれしかった思い出の品だったのです。
しかし三人の子供たちはお父さんに対して最後まで冷たい態度でした。
その上、死後関心を持ったのは遺産のことでした。
三人息子はその時初めて自分たちの愚かさに気づきました。
「親父は確かにすぐにどなる頑固一徹だったけど、根では俺たちのことを死ぬまで想っていたんだな・・・。親父、寂しかったろうな・・。」

長男がうめくようにつぶやきました。
葬式では泣かなかった三人息子は、開けられた金庫の前でおいおい泣いたそうです。

私たちはみんな親や先祖からかけられた想いの中で今を生きています。
形はないけれどそれが一番の遺産だと思います。

浄土真宗本願寺 教専寺 福間義朝 『赤口』より