「いのちをいただく」という絵本があります。
これは九州の食肉センターで働く坂本さんという人が、牛のみいちゃんとひとりの女の子に出会った実話が絵本となったものです。
今回はその話を記させていただきます。

食肉加工センターとは牛が食肉にされる為に殺されてゆく所です。
ある日坂本さんがそこの事務所で休憩していると、一台のトラックが入って来ました。
荷台には明日殺される予定の一頭の牛が積まれていました。
トラックが止まると助手席から10才くらいの女の子が出てきて荷台に上がり、その牛のそばから離れようとしません。
どうしたのかと坂本さんがそのトラックに近づいてみると、女の子が牛の腹をさすりながら話しかけている声が聞こえてきました。
「みいちゃん、ごめんねぇ。みいちゃんが肉にならないとお正月が来ないとおじいちゃんが言うんよ。
みいちゃんを売らんとみんな暮らせんけん。みいちゃん、ごめんねぇ。」と。
坂本さんは見なきゃよかったと思ったそうです。
やがてトラックの運転席から女の子のおじいちゃんが出てきて、坂本さんに頭を下げて言いました。
「みいちゃんはこの子と一緒に育ちました。ずっとうちにおいとくつもりでしたが、みいちゃんを売らんとお正月が迎えられないんです。明日はよろしくお願いします。
坂本さんは「この仕事は止めよう。もうできん」と思い、といあえず明日の仕事を休むことにしました。

坂本さんには小学校3年生のしのぶ君という男の子がいます。
家に帰った坂本さんはしのぶ君にみいちゃんと女の子のことを話して言いました。
「お父さんはみいちゃんを殺すことはできんけん、明日は仕事を休もうと思っとる」
しのぶ君は「ふ~ん」と言ってしばらく黙った後テレビに目を移しました。
その夜はいつものように坂本さんはしのぶ君とお風呂に入りました。
するとしのぶ君がお父さんに言いました。
「お父さん、やっぱりお父さんがしてやった方がよかよ。心無か人がしたら牛が苦しむけん。お父さんがしてよ」
次の朝しのぶ君は学校へ出かける時、また言いました。
「お父さん、今日は休まずに行ってよ」
坂本さんも思わず「おう、わかった」と応えてしまいました。
子供と約束した以上は行かなくてはいけません。結局坂本さんは渋い顔で仕事に行きました。

牛舎に入るとみいちゃんは他の牛がするように角を下げて坂本さんを威嚇するポーズをとりました。
坂本さんはそんなみいちゃんに言いました。
「みいちゃん、ごめんよう。みいちゃんが肉にならんとみんな困るけん。ごめんよう。」
するとみいちゃんは坂本さんに首をこすり付けてきました。
坂本さんは女の子がしていたように腹をさすりながら、
「みいちゃん、じっとしとけよ。動いたら急所をはずすけん。そしたら余計に苦しかけん。じっとしとけよ」
と言い聞かせました。

そしていよいよその時が来ました。坂本さんが
「じっとしとけよ。じっとしとけよ」
と言うと、みいちゃんは少しも動きませんでした。じっとしています。
その時坂本さんは見ました。みいちゃんの大きな目から一筋の涙が流れるのを…。
坂本さんは牛の涙を初めて見たそうです。

浄土真宗本願寺 教専寺 福間義朝『赤口』より